カカオ豆で「アメリカン・ドリーム」を掴んだ女性、マリベル・リーバマン。ファッションデザイナーを目指してニューヨークにやってきた彼女は、チョコレートショップ「マリベル」で成功を収める。注目を集めるのはセレブが愛してやまないチョコレートだけではない。生まれ故郷ホンジュラスの女性支援を根気よく続ける地道な活動にも世界中から熱い視線が注がれている。
ソーホーの自宅兼仕事場にて。アンティークに囲まれた空間にモダンなアクセントを添えるのは、グラフィック・デザイナーである夫の作品。
チョコレートは売れてもカカオ農家は貧しいという問題
マリベル・リーバマンは、ニューヨークのチョコレートショップ「マリベル」の創業者であり、ショコラティエ(チョコレート職人)であり、デザイナー。彼女の店は、ニューヨーク・タイムスからアメリカのチョコレート界のトップと絶賛され、マット・デイモンやメグ・ライアンをはじめ、あのスティーブ・ジョブスも存命中に足繁く通うなど、多くの人々から愛されてきた。
ひとつの産地にこだわった”シングルオリジン”でつくられる「マリベル」のチョコレート・バー。
現在ニューヨークでは、カカオ豆にこだわった「Bean to Barチョコレート」の進化系として、カカオ豆を栽培する農園(farm)にまで目をむけた「Farm to Barチョコレート」に注目が集まっている。マリベルは、その先駆者のひとりとしても知られる存在だ。
Farm to Barチョコレートは、ショコラティエがよりオリジナリティのある商品を作ろうと、自ら熱帯地域のカカオ農園に足を運び、豆の品種や収穫時期、生産処理までを知りたいと願う“情熱”から生まれる。
マリベルももちろん自分らしいチョコレートを生み出すことにこだわりはあるのだが、彼女がFarm to Barチョコレートを実践するもうひとつの理由は、チョコレートがこんなにも世界中で人気なのに、貧困層であるカカオ農家のなかには、カカオ豆がその原料になることすら知らない人がいるということに疑問を持ったからだった。
マリベルがニューヨークに店を開いたのは2000年。しかし店が軌道にのってすぐの2004年には、カカオ農家を啓蒙したい一心で、カカオ生産国にいる研究者や農業財団と積極的にコンタクトを取りはじめたという。
10年以上も続く彼女の地道な支援活動に、今、世界から熱い視線が注がれている。
部屋の一角にあるデスクで、商品管理のメールをチェック。2016年現在従業員30名ほどの会社に成長させたが、マリベルはいつでも現場主義を貫く。
マヤ族の末裔としての誇りをチョコレートに託して
ここは、ソーホーの「マリベル」からほど近い、瀟洒なアパートメント。テーブルから装飾品にいたるまで、アンティークやデコラティブなものが大好きなマリベルの趣味がぎゅっと詰まった、お気に入りの仕事場だ。休日には友人たちを招いてパーティや演奏会を開くこともある。
仕事の合間には、スパイス入りのホットチョコレートでひと息。
カカオ生産国への支援や女性のリーダーシップをテーマに、アメリカや中南米の雑誌からも取材が殺到している。
マリベルは、カカオ豆やコーヒー豆の産地として知られる中米のホンジュラス出身。そして、何千年も前からカカオを“神の食べもの”として崇めてきた、マヤ族の末裔でもある。
彼女がニューヨークで有名になるやいなや、カカオ豆で「アメリカン・ドリーム」を掴んだ女性として、その名声はホンジュラスでも瞬く間に広がった。ホンジュラス政府からカカオ大使に任命され、2015年眞子内親王殿下が外交関係樹立80周年の機会にホンジュラスをご訪問なさった際には、晩餐会に要人として出席している。
現在ホンジュラスではマリベル・リーバマンの名前を知らない人はいないほど──彼女自身が、セレブリティなのだ。
左/ホットチョコレートはスパイスを効かせたものなど数種から選べる。右/店奥にはカフェがあり、ホットチョコレートを楽しめる。
マリベルを代表する2つの「Farm to Barチョコレート」
2000年の「マリベル」創業当時、アメリカで本格的なチョコレートといえば、ヨーロッパからの輸入ものが一般的だった。そんななか、「マリベル」の名が広く知れわたったのは、彼女がつくる“メイド・イン・ニューヨーク”のチョコレートが、ヨーロッパのものに負けず劣らず美味だったからにほかならない。
「マリベル」ファンが今も昔も変わらず熱狂するのが、ここに紹介するふたつのチョコレート製品だ。
ひとつは「アズテック」という名のホンジュラス産カカオ100%から作られたホット・チョコレートで、マヤ時代に飲まれていたカカオドリンクからインスピレーションを得たもの。ギフト缶入りで買えるほか、ソーホー本店のカフェでは、マリベルが選んだアンティークのカップでアツアツを飲むこともできる。
ガナッシュは、幾何学的模様のものはマリベルの夫がデザイン。美しいブルーのギフトボックスに詰めてもらえるほか、店頭ではひとつからでも買えるのが嬉しい。
ふたつめは、「ガナッシュ」と呼ばれる四角いチョコレート。てっぺんにはカラフルなプリントが施されていて、中にはパイナップルやドルセ・デ・レチェ(牛乳を甘く煮詰めた南米のスプレッド)など、ホンジュラス出身のマリベルらしいガナッシュが詰まっている。
美しいブルーのギフトボックス
どちらの商品も、”フルーティではちみつのような風味がする”と世界から絶賛される、ホンジュラス産カカオ100%が際立つ味わいだ。
親戚の結婚披露宴で。中央がマリベル。
ニューヨークで初めて、「カカオ」の偉大さを知る
マリベルがニューヨークにやってきたのは、ファション・スクール「パーソンズ」に入学することが決まった17歳のとき。父親はホンジュラスで通信技師、母親は裁縫を仕事とする中流階級の出身。マリベルはどこの国にもいる、西洋文化に憧れる女の子だった。
17歳の頃
マリベルのファッション・センスは昔も今も抜群だ。ファラ・フォセットの段々ヘアや肩パッド入りジャケットが流行った70年代から80年代にかけても、ヴィンテージを組み合わせて着こなし、ときにはフレンチのエスプリを聞かせたり、ときにはガーリーにきめたりと、遊び心のある着こなしを得意としてきた。
親友のメガネデザイナー、セリマ・サラウンと。マリベルはソーホーに店を持つ前、セリマと”Lunnetes et Chocolat(メガネとチョコレート)”というブティックを開き、チョコレートを売っていた。
ニューヨークではファッション・デザイナーを目指していたものの、実のところマリベルを虜にしたのは、世界から集まった珍しい味の数々。ホンジュラスでは見たことのなかったヨーロッパや北欧、アジアの食材は、次第にマリベルを食の世界で働くことへと駆り立てた。
カカオの実は小さなラグビーボールのようなかたち。ホンジュラスの農村部ではカカオの木は当たり前に生えているものの、マヤ文化は過去のものとなり、現在ではカカオを「グルメ素材」として認識していないという。
ある日、店で買ったチョコレートを食べて、マリベルはそれが「カカオ」から作られていることに気づく。「実家の庭にあったカカオの木の実から、こんなにおいしい食べ物が作られるの? とすごく驚いたの」とマリベルは言う。
左)マヤ文明で儀式に用いられていたカカオドリンク。血に近い色にするためにアチョーテと呼ばれる赤い食染料を混ぜていた。 右)カカオソースはスペイン語で「モーレ」と呼ばれる。カカオ豆に、胡麻やにんにく、パイナップル、コリアンダーなどを混ぜて作る。
「現在、アフリカ、中南米、東南アジアなどのカカオ農家にとって、カカオはもっぱら輸出する作物なの。ホンジュラスではカカオにスパイスを加えてホットドリンクとして飲んだり、ソースにして肉や魚にかけたりする習慣も残っているけれど、砂糖を加えることはしない。甘く加工したチョコレートが世界でこんなに人気だということは、農家の間ではあまり知られていないのです」
左)森林体系を研究しているホンジュラス在住のドイツ人のデービット博士と。マリベルは博士からカカオの栽培や歴史について多くを学んだ。右上)メタテ&マノは、伝統的なトルティーヤを作る際に、とうもろこしを挽く道具としても活躍する。右下)マヤ三代遺跡といわれるコパン遺跡には、カカオの実で装飾された香台が陳列されている。
マリベルはそれからというもの、ホンジュラスに戻ってカカオについて調べたり、フランスに渡ってチョコレート作りについて研究したりと、その魅力にどんどんはまっていった。
「ホンジュラスに残る『メタテ(石台)』と『マノ(石棒)』でカカオ豆を原始的にすりつぶすと、豆がいかに油脂分にあふれているかを肌で感じることができたわ! 忘れられつつある文化を守りたい、そして、ホンジュラスのカカオ農家にももっと視野を広げてもらいたいと、強く願うようになりました」
マヤ族の末裔としてカカオ文化との結びつきを再確認し、自分ならではのチョコレートを作ることのできる準備が整った2000年、マリベルはソーホー地区に、自分の名前Maribelをフランス語で美しく表現した「MarieBelle」をオープンしたのだ。
左上)加工所ではFHIA(ホンジュラス農業財団)の指導のもと、カカオの実からカカオ豆を取り出す方法を教えている。右上)加工所に集まった農家に、 ”チョコレートという食べもの”がいかに世界的に人気かを語るマリベル。 左下)FHIAが農家の啓蒙のために作ったパンフレットでは、カカオ豆の加工を10ステップで解説。右下)発酵・乾燥を経たカカオ豆は甘酸っぱくうま味にあふれる香り。ここまでをカカオ栽培農家ができるようになれれば理想だ。
カカオ農家の地位向上には女性の活躍が不可欠!
カカオの実は傷みが早いため、収穫したらすぐに種を取り出し、発酵・乾燥させないと輸出ができない。しかしホンジュラスでは、ほとんどのカカオ農家が知識不足・資金不足という問題を抱え、カカオを収穫するまでしか行えないのが現状だ。教育も不十分なため、カカオの実を高く売る交渉技術もない。世界には高級チョコレートがあふれているのに、カカオ豆は安く買い叩かれるという流通構造は、とてもフェアとはいえない現状だ。
カカオマスからチョコレートになるまで、を動画で見る
マリベルは、農家自身が高品質なカカオの種類を把握し、さらに発酵・乾燥などの加工技術を身につけるようになれば、そこに付加価値が生まれ、必ずや収入アップにつながると信じている。
「発酵や乾燥を勉強してカカオ豆の風味を調整できるようになれば、世界中のショコラティエが買いに来るようになるのよ!」「自分が育てた作物がいったいどんな製品になるのか、知識を身につけることが重要なの」というマリベルの話に、農家たちは真剣に耳を傾ける。
左)グラシアは次世代の女性リーダーとなり得る人。研修生になる前には、カカオ農園、FHIA、イタリアのチョコレート機械メーカーで働いたという期待の星だ。右)マリベルのカカオ買い付けにも同行する。
この日、マリベルの技術指導会に参加したグラシア・ボーハスさんはホンジュラス出身。微生物学に興味をもち大学に通った才女だ。
チョコレートに興味を持ったのは、カカオ豆が癌細胞と闘う抗酸化作用をもつほか、ミネラル、特に亜鉛を豊富に含むことを大学で勉強したからだという。「ホンジュラスの農村部の人にとっては、カカオは身近にありすぎる植物。種を覆う白い果肉はマンゴスチンのような味がするんですよ。けれど、食べることもしないの。マヤ時代には体に良いことが認められていたのに、私たちはいつのまにか歴史を忘れてしまったようです。でも、ヘルシーな食べ物であることを意識するようになったら、カカオを使ったドリンクや料理が、国内でも今一度見直されるのではないかと思っています」。マリベルはグラシアの女性らしい視点にホンジュラスの未来の可能性を感じ、2015年より「マリベル」の研修生として迎え入れている。
右から女性のカカオ農家の未来について語るマリベル、リディア、グラシアさん。
現役女性農家で最年長と言われると言われる85歳のリディア・デュボンさんは、会うたびに、マリベルにパワーをくれる女性。リディアさんが若い頃は、女性は家にいることが当然で、勉強会に参加することなんて考えられなかったという。そんなリディアさんは、農園で働く女性が教育を受けることに大賛成。マリベルのレクチャーのあと、「これからは女性の時代よね、マリベル! アメリカでは女性大統領が誕生しそうなんだから!」とマリベルの手をぎゅっと握りしめた。
チョコレート作りのための機械やカカオ農園の灌漑施設の導入などは、世界銀行の日本社会開発基金(JSDF)の支援も大きいという。
レクチャーが行われた日、女性農家の中には自家製チョコレートをマリベルに食べて欲しくて、わざわざ持参する者もいた。2年前に行われたマリベルのレクチャーでチョコレートのことを初めて知り、自分で調べて作ったというのだ。ツヤと口溶けの良さを出すのに必須である「テンパリング」がなされていないからか、そのチョコレートの表面には白い粉が吹き出ていて、口に入れるとザラザラとした舌触りが残る。
しかし味わいはどうだろう。やさしい甘さがどこか懐かしい。過度な味付けをよしとしないホンジュラス人好みの、カカオの風味が活きたナチュラルな味がした。
カカオ農家や、加工所で研修する女性たちと一緒に。
長年培ってきたコネクションを活かし、マリベルは2〜3年以内に、発酵所と乾燥施設を併設した女性による農園をホンジュラスに設立する予定だ。
気運よく、ホンジュラスのカカオは、国際的なカカオ品評会であるインターナショナル・カカオ・アワード(ICA)で、2013年と2015年の2回、カカオ・オブ・エクセレンスを受賞。農薬を使わず育てられたフルーティなホンジュラス産カカオに、さらなる注目が集まっている。
宝石のように可愛いチョコレートで人々に夢を与えてきたが、その影では、忍耐をもってカカオ農家の支援に徹してきたマリベル。
10年以上も願っていた彼女の夢が、もうすぐ叶おうとしている。
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INFORMATION
MARIEBELLE(マリベル)
484 Broome Street, New York, NY 10012
tel. +1-212-925-6999(ext 1)
営業時間/月〜木:11時〜19時、金〜日: 11時〜20時
(カフェあり)
http://mariebelle.com
Cacao Market by MARIEBELLE
67 Guernsey Street, Brooklyn, NY 11222
tel. +1-718-388-5388
営業時間/月〜金: 11時〜19時、土・日:11時〜20時
(カフェあり)
http://cacaomarketnyc.com/
日本のお店情報もチェック!
マリベル京都
http://www.mariebelle.jp/
カカオマーケットbyマリベル
http://www.cacaomarket.jp/
(京都店のほか2016年4月にオープンした銀座東急店も要チェック!)
ネットショッピングなら、婦人画報のお買いもので
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MARIEBELLE(マリベル)
photo : Kosuke Matsuotext : Noriko Yokotaspecial thanks : Noriko Iwaki, Aki Tajima